94 第8話15:御前試合




 古都ソーディアン最大の名所である巨大な剣型の建造物を背に、ハーク達はその次に街で大きな建物、その門前に佇んでいた。


 世界が違うというばかりな荘厳な建物の前で、シアとシンは遠い眼を……、というよりも最早死んだ魚の如き眼差しで前方を見上げている。これから起こるであろう現実に、二人して追い付けていないのは明白だった。


「ま、まさか……御領主様にお目見え出来る日が来るなんて思ったことも無かったよ……。っていうか、おっちゃん! あたしら、こんな格好で大丈夫なのかい!? 失礼にならないかな!?」


 門の前で言うことではないだろうが、シアが今更感をかなぐり捨てて叫ぶように問う。慌てていて余裕が無くなっているのかいつもの『ギルド長』呼びですらなくなっていた。


「大丈夫だ。……っていうかシア、お前余所行きの恰好なんて持ってるのか?」


 ジョゼフの言葉に、今まで強かったシアの語気が急に弱まる。


「いや、無いけど……」


「じゃあ、どっちにしても無理じゃねぇか。心配するな、冒険者の正装ってのは鎧姿の完全武装だ。今日は武器も預ける必要ないぞ」


 言うが早いかジョゼフは門を通過し中に入る。門の両脇に居る門番も目礼するのみだ。

 その背をハーク達一行は慌てて追う。


〈ジョゼフも我々も武器を持ったままで本当に良いのか? 郷に入っては郷に……とはよく言うが〉


 前世であれば完全に謀略に巻き込まれたと覚悟を決めないといけない状況だ。が、1週間程度の短い付き合いであっても、ジョゼフがその手のことを得意としている人間とはとても思えない。


〈この御仁が謀殺なんぞに加担する筈などないか……。もしや我らが完全武装のまま、というのは何かしらの陰謀を察知したから? しかしそれならば、招く側がそのまま中に通させるのもおかしな話だ。ということは……我らかテルセウス達、もしくはその両方を暗殺しようと企む輩がこの城の中にいる……?〉


 ハークが思考の迷路に嵌り、やがてそれ以上考えるのが面倒になって、破れかぶれの出たとこ勝負にまで考えが及んだ頃、ふと視線に気づいてハークはその方角を反射的に見やった。


 そこには一人の痩せぎすの男が佇んでいた。

 小脇に大量の書物を抱えたその男は、視線だけで他人を殺すことが出来るのなら、そうしようとするかのようにこちらに険しい視線を向けている。

 ただ、如何にも文官然とした服装や、荒事からほど遠い容姿、憎悪は籠ってはいても殺意というものを感じぬこの感覚から、こちらを直接的に害そうという意思は伝わってこなかった。しかもハークを視ているのかと思っていたがそうでもない。

 その男は実に神経質そうな顔でシア達を睨んでいるようであった。


「なんだい、ありゃ? 眼つき悪いね」


 シアも気付いたようでハークにそう話し掛けてくる。

 ハークも直ぐに言葉を返そうとしたが、割り込む形で返答したのは別の人物であった。


「申し訳ありません、お呼び立てしたのはこちらだというのに……。先王様の命でお越しになったお客人に対してお出迎えが遅くなってしまいました!」


 駆け寄りながらそう声を掛けてきたのは旧知の男だった。

 言葉の後半は、未だ睨み続ける痩身の男に対する明らかな牽制である。耳に入ったのか、慌てて視線を逸らした男はそそくさと退散していく。


「ラウム殿か」


 声を掛けてきたのは先王の側近ラウムであった。


「大変失礼をいたしました。あの者はこの街の筆頭政務官なのですが、大変に平民嫌いの偏屈者でして……、粗相をいたしました。それにしても先王陛下のお客人にすらあの態度とは……度し難い」


「ラウム殿、もしやあいつが?」


 ハークは詳しいことも言わず、可能性の一つを口にしただけだったが、ラウムは神妙に頷いた。


「かもしれません。そこまで馬鹿であるとは思えませんが……、可能性の一つではあります」


 その様子を見て、ハークは訝しく思う。まさか、と一笑に付されるものとばかり思っていたのだ。

 大商人の三男坊とはいっても筆頭政務官がそんなものに嘴を突っ込むことは余程の個人的な理由が必要だ。


〈まさかとは思うが〉


 ハークは何となくだが嫌な予感を覚えた。

 直ぐに命の危険がある程ではないが、途轍もない厄介事に巻き込まれるかもしれない予感が。

 それこそ、エルザルドと戦うに値するくらいの。


 こういう時のハークの勘というものは、経験上、嫌なほどに当たった。



 広大な領主の城、その中心近くにある中庭にラウムの案内の元、ハーク達は到着した。

 中庭とはいえこの城は元々150年ほど前までは国王の座する城であったのだ。千人以上の軍勢が余裕を持って整列出来る程に広い。


 その中心で、一段高い壇の上に数人の側近らしき人物に囲まれた人物こそ、この街の領主にして先王ゼーラトゥースなる人物なのであろう、とハークは思った。


「お館様、お客人をお連れ致しました」


「うむ、御苦労」


 ラウムが報告をし、先王が労う。やはり間違いはない。ハークは不躾にならぬ程度に彼を観察した。


〈ふうむ、やはりなんというか、存在感が違うな〉


 細かいことまではハークも知らないが、ジョゼフやシアによると彼は長き隣国との戦争を終わらせて平和を齎したこの国の英雄であるらしい。


〈関白様か、大御所様のようなものか? 体型は全く逆だが……大御所に雰囲気は似ているかもしれんな〉


 ハークの経験上、善きにつけ悪きにつけ歴史に名を残すような人物は、その全てが他人の視線を引き付けるかのような何かを持っている。

 全くの無関心にその人物の隣を素通りする事など出来ない、必ず何がしかの感情を植え付けられる何かを持っているのだ。

 そこがハークの前世の英雄、大御所こと徳川家康公によく似ていた。


 因みに関白様とは、後の太閤豊臣秀吉公のことを指す。

 ハークは生前の豊太閤ほうたいこうにお目に掛かったことはないが、大御所は幾度か拝見したことがある。

 ハークの元居た世界ではこの二人が戦国期を終わらせた二大英傑として名を馳せていた。


 余談も余談であるが、戦国末期に活躍した乱世の英雄織田信長は、天下布武の名の下に戦乱の時代を大きく変革したという今日現代の評価に反して、江戸期、特にその初期から中期にかけての知名度は現代人が驚く程低いものであったという。

 今日の織田信長の評価は、後世の歴史家が彼の功績の再評価を行った結果なのである。


 そんな歴史に名を残す英傑がラウムと2、3言葉を交わすと、いよいよラウムの号令の元、新村落発足の式典が簡易的ながら執り行われることとなった。



「新たな村落の名は、以前より村長となる立場になる筈であった者から打診を受けていた『サイデ村』とする。異存はないな?」


 先王の言葉に、先程まで緊張感で見るからに身体を強張らせていたシンが、気を引き締め直したかのように頷く。


 『以前より村長となる立場であった者』、とはシンのことなのだろうか、それとも街がドラゴンに襲われた2日後に亡くなったというユナが助けようとしていたあの老人のことだろうか。

 どちらでもあり得る気がしたが、どちらかというと後者である気がした。シンが以前、『長老みたいな人だった』と語っていたこともある。


〈良かったな。シンよ〉


 仲間の晴れ舞台を心中で祝い、以降ハークは無心で式典が終わる時までその場に佇み続けることにした。

 無責任で不真面目と言われれば確かにその通りだが、ハークは新しい村に住まう人間でもなく、付き合いでこの式典に参加せざるを得なかっただけのただの部外者である。問題を解決した安堵感はあれど感慨はない。


 始まってから既に10分ほど経過しているが、基本的にゼーラトゥースとラウム、そしてジョゼフとシンの間で粛々と式は進行しているようで、たまにエタンニが呼ばれるくらいだ。

 ハークを含めた他の面々は最初に先王に声を掛けられたきり、全く出番も無い。

 完全に聞き役の参加者だ。

 だから、ぼやーっと中身は呆けていようともつつがなく式典の行方を見守るかのように、茫漠とした表情で前を向いていればいいだけの筈であった。


 だが、その発足式典が漸く最終に差し掛かり、ハークはいよいよ自分が先程抱いた悪い予感が現実のものとなるのを、ゼーラトゥースから発せられた言葉から気付かされることとなる。


「では、新しき村、サイデ村の発展を願って、ここに奉納の御前試合を行うものとする!」


〈御前試合?〉


 視線だけ彷徨わせれば、仲間達も全員不得要領の顔を見せていた。


「御前試合を行うのは、冒険者ギルド組合長ジョゼフ=オルデルステインと冒険者ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー。この両名による!」


「何!? 儂か!?」


 式典の最中だというのにハークは突然名を呼ばれ声を上げざるを得なかった。


 そして自分と共に名を呼ばれた対戦相手を視る。彼は全くの動揺も表すことなく、ハークと向かい合って軽く頭を下げていた。


「すまんなハーク。よろしく頼む」


 この瞬間、ハークは何故ギルド長が斧槍などを携えて領主の城を訪れたのか分かった。

 が、不思議と嵌められた気はしなかった。




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